THE KYAKUYASHIKI / TAKETA

旅人を迎えた座敷に、
いま、珈琲の香り。

御客屋敷とは おきゃくやしき

岡藩の迎賓館から、城下町の焙煎喫茶へ。
二百年を超える時間の続きを、この場所で。

暖簾の、その奥へ
夕暮れに灯りがともる御客屋敷の門と白壁
旧岡藩御客屋敷 / 竹田市指定史跡

A HOUSE THAT WELCOMED TRAVELERS

歴史を眺める。
その中で、くつろぐ。

御客屋敷は、岡藩が他藩からの使者などを迎えた宿泊所。「御使者屋」とも呼ばれ、いまでいう迎賓館の役割を担っていました。

火災を経て、文化3年(1806)に再建された建物。江戸時代の建物を基本とする東側部分が、現在も残っています。

古い柱、畳の手触り、障子を透かす光。三日月珈琲焙煎所 月鐘楼は、その歴史の中にある焙煎喫茶です。庭を眺めながら、思い思いの時間をお過ごしください。

A JOURNEY MEASURED IN STARS & STEPS

日本を測った旅は、
この座敷にも続いていた。

1800年、測量の旅へ。
その十年あまり後、伊能忠敬は竹田の御客屋を訪れます。

伊能忠敬の測量が広がった日本各地江戸から蝦夷地南部、東北、西日本、九州へ。年代を選ぶと地域が示され、最後は御客屋敷のある竹田に至ります。線は測量経路ではなく地域のつながりを示す模式図です。江戸竹田旅の始まり日本海太平洋N
INŌ TADATAKA / SURVEY JOURNEYS1800 → 1811
青木勝次郎筆の伊能忠敬像。人物部分

伊能忠敬

INŌ TADATAKA

1800

01 / EDO

旅立ちは、江戸から。

地図をつくる長い旅の始まり。忠敬は江戸を発ち、最初の測量で東北を経て蝦夷地へ向かいました。

測量の旅、その出発点。

年代を選んで、旅の広がりをご覧ください。地図は各次の測量地域をたどる模式図です。線は地域のつながりを示し、実際の測量経路ではありません。各次の帰路や細かな行程は省略しています。

丸い和紙の灯りと畳の座敷。窓の向こうに紅葉
月鐘楼の座敷 / 写真は現在の店内です

WINTER, 1811 / THE KYAKUYASHIKI

遠い旅の途中に、
ひとつの宿。

忠敬が竹田にやって来たのは、第7次測量、九州第一次測量の途上。文化7年末、西暦では1811年1月のことでした。

測量を始めてから、十年あまり。星を観測し、大地を測った旅人が、この屋敷でひととき足を休めた。その事実が、いつもの座敷を少し違う景色に見せてくれます。

奥座敷「新月の間」には、忠敬が眠ったという話が伝わっています。珈琲を待つあいだ、かつてこの場所を訪れた人に思いを馳せてみませんか。

星を辿った忠敬の物語へ
滞在の日付・日数と、史料について

竹田市の文化財紹介では「文化7年(1810)12月18日からの23日間」と案内されています。一方、測量日記を参照した宿泊地一覧は、旧暦12月19〜23日を岡城下の客館への宿泊としており、資料間に違いがあります。滞在の日数については、両資料の記載をあわせてご参照ください。

旧暦の文化7年12月19〜23日は、西暦では1811年1月13〜17日にあたります。地図の「1811.01」は現在の暦による表示です。「新月の間」のお話は、建物に伝わる話としてご紹介しています。

竹田市「市指定史跡 御客屋敷」 ↗WEB版デジタル伊能図「宿泊地一覧・大分県」 ↗国立天文台「暦日データベース」 ↗

THE GARDEN, THROUGH THE YEAR

季節は、
窓の向こうから。

新緑を透かす光、秋の深い紅。
同じ座敷で、違う季節に出会う。

新緑の枝越しに見える御客屋敷の瓦屋根と座敷
01 / GREEN LEAVES庭から眺める、御客屋敷。

LIGHT THROUGH LEAVES

みどりを、
ひと息。

木々の葉が重なり、光と影がゆっくり移ろう庭。縁側に腰を下ろすと、城下町を歩いた足も、自然と休まります。

縁側の先に広がる新緑の庭

庭園は枯山水の様式。観音寺の遠見燈籠や八幡山を借景とする、静かな奥行きのある庭です。

THE HOUSE THROUGH TIME

迎える場所は、
時代を越えて。

御客屋敷の瓦屋根の門と暖簾
  1. 1668

    寺町の、現在地へ。

    大火を経て、御客屋がこの場所に普請されます。

  2. 1806

    火災を越え、再建。

    文化3年、再び客を迎える屋敷に。江戸時代の建物を基本とする東側部分が残ります。

  3. 1811

    伊能忠敬、宿泊。

    旧暦の文化7年末。九州測量の旅の途中で御客屋を訪れました。

  4. 1891

    町の医院として。

    明治の時代には医院へ。暮らしのそばで、新たな役割を担います。

  5. 1972

    竹田市の史跡に。

    市指定史跡となり、1984年には竹田市の所有となりました。

  6. 1985–86

    次の時代へ、受け継ぐ。

    保存修理を経て、いまへ。史跡を公開し、活かしながら、その時間をつないでいます。

  7. TODAY

    一杯の珈琲とともに。

    三日月珈琲焙煎所 月鐘楼。今日も、この屋敷でお待ちしています。

YOUR JOURNEY, OUR HOUSE

次にこの門をくぐる、
旅人へ。

岡城を歩いたあとに。城下町を巡る途中に。
歴史の続きに、あなたのひとときを。

営業・アクセス 荒城の月カリーのご案内
このページの出典・写真について

建物・庭園の歴史は竹田市文化財課の紹介、測量の年代は伊能忠敬記念館の年表・資料を参照しています。建物や庭の写真は三日月珈琲焙煎所店主撮影。肖像は青木勝次郎筆「伊能忠敬像」(伊能忠敬記念館蔵、人物部分を表示)です。

竹田市「市指定史跡 御客屋敷」 ↗伊能忠敬記念館「伊能忠敬の生涯」 ↗伊能忠敬記念館だより 第16号 ↗伊能忠敬像(Wikimedia Commons / Public domain) ↗地図:Natural Earth / Public domain ↗